年越し本

amazon伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」の文庫版を買ったら、「こんなんもあるぜよ」とamazon先生が教えてくれたので買ってみた。

現代の人気作家による「再生」をテーマとした小品集。当然、お目当ては伊坂幸太郎。が、これはトリで、前座がいて中入りがいて、と順番がある。当然、後ろにいくほど面白いし内容もきっちりしている。ということは前半は面白くないか内容がきっちりしていないということだな(笑い)。
伊坂幸太郎「残り全部バケーション」。離散する家族とチンピラの2つの視点から描く。この構成は伊坂作品では毎度おなじみ。紙数の都合でものすごくコンパクトにまとめられているが、7作品のうち最も破綻がなく、というよりこのページ数でよくもこれだけの密度をと思わせられる。「さあこれから」というところで終わっているが、短編はおかわりが欲しいぐらいのところで終わるのがベストと個人的には思う。ここから先は読者の想像で。これこそ小説の楽しみではないか。
豊島ミホ「瞬間、金色」。ありがちな青春小説なんだが、「生きる」ということの有難みを読んでいる方も感じさせてもらえる。十代の少女の感情をうまく表現しているなあと感心した。
平山瑞穂「会ったことがない女」。憑依という設定は面白いが、肝心のクライマックスが唐突すぎやしないか? 演技をしている内に本当に憑依してしまった方が展開に無理がないように思えるし、そもそもその一事ですべてが吹っ切れるのか。吹っ切れるぐらいなら悩まないよな。あと、半年もせんうちに死んでまうようなオジイのイチモツを挿れることはローションでも使わない限り物理的に不可能だと思う。そこまでヌルヌルになっていたというのか。
中島京子「コワリョーフの鼻」。一応種本があって、それを元に3つの古典作品を組み合わせて書かれている。発想は面白いし、展開も面白いが、何せ紙数の限りのあるところ3つの作品をカクテルしようとすれば自ずと混ざりきらない。ショートカクテルを作るためにはそれぞれの分量や濃さを考えなければならない。そこが惜しい。何だか奥さんが勝手に自己解決しただけのような気がする。だったら前半数ページの現代社会批判、いらなくない。ページ数がもったいないよ。
瀬尾まいこゴーストライター」。最後のどんでん返しが面白い。ああ分かってたのねって。この作者の話はいつもそうなのだが、読んでいてホッとする。なぜかというと温かみがある。完全な悪人がほぼ出てこない。最近の作家が書くものは簡単に人を殺すし物を盗むしで「またか」とうんざりしてしまう中での清涼剤。ただし、劇薬の方が身体に効くというのもまた真実。でも、実の兄にラブレターを代筆するとかいう発想はいいよなあ。
福田栄一「あの日の二十メートル」。ジャンプみたいだな。努力すれば必ず報われるというのが。それはそれでいいが、全く意外性がなく平板な感じがする。ラストが一番よくない。身内の子や孫たちにも秘密にしていたことを簡単に教えるような軽薄な性格なのか、この主人公は。普通、そこは教えないだろう。もしくは孫娘に惚れてしまっていたとしても多少の葛藤はあろう、教えていいものかどうかという。じいさんの丁寧な言葉遣いも中途半端で、戦前の生まれ(時代を仮に21世紀としたらば)のじいさんはもっと上手な敬語を使う。この辺は編集者の腕でもあるが。
宮下奈都「よろこびの歌」。このレベルで職業作家になれるんなら、相当運が太いなあと思う。主人公は悩んでいる風で何にもアクションを起こしていないし、なぜか無理やり走らされたマラソン大会でいつの間にか解決されているし。(ここはまさに受動態。)大体、合唱コンクールの本番ですらマジメに歌わなかった連中がいきなりマラソン大会の応援で歌を歌うということがナンセンス。幻聴なのか? 幻覚で自己解決したのか、この主人公は。この手の対話のない小説って、自分の中での葛藤を経て成長なり解決していくのがキモでしょ。指揮をしていてメンバーが思うようについてきてくれない、なぜ彼女らはついてこないとか、じゃあどうしたらいいとか、そういうところの考察が抜け落ちているので小説として成り立っていない。同じような立場でも「のだめ」の千秋先輩の方が数段よく描けている。(あれは非常によく書けていると思うし。)中学生の作文かと思ったぐらいに、これで金をとっちゃまずいだろ。
日本語の使い方も端々で間違っている。(これは編集者が指摘してやらんと。そこら辺が古参の大手出版社との差かな。)「なおざり」と「おざなり」の使い分けであるとか。「あやをつける」という表現はあっても「あやがつく」という表現はないとか。(それも北日本の方言か、裏業界の方々の言葉なのに、育ちのいい都会のお嬢さんがつかっちゃおかしいでしょ。)


前半を読んでいたら「ワシでも賞がとれるな」と思わせられるが、後半の作品はさすがに唸らされる。並べ方が官僚的で、ここでも編集者の腕に疑問符がつけられる。それほどの大御所がいるわけでもなし、並び順だけでもっと生きいきする作品もあろうに。