サクラ

登場人物に「桜」というのが出てきたついでの話。といっても僕が桜の花が好きだとかそういうことではない。もっと根は深い。
僕と桜とのつながり。
もう記憶にないところから始まる。今は番地改定で変わってしまったけれども僕の故郷には「桜」がついていた。今は山の名前になっていてその番地名はそれで好きなんだけれども。とにかく、物心がついた頃から常に「桜」は僕から切り離せないものだった。
そこで十数年過ごして、東京へ出ることになった。僕は学生時代の一時、学生寮に住んでいた。「寮」という言葉からイメージされるようなむさくるしさはなく「学生用アパート」というほうがふさわしいようなところだったけれども、その一角に空き地があった。そこに年功を経た立派な桜がいくつか植わっていて毎年そこで花見をした。
ある年、別の寮で起こっていた紛争に全国各地からの有志が集った。彼らは他の寮も視察しに回り決起を促していた。僕らのところはそんな空気なんて全くなかったからさぞがっかりしていただろう。そんな時に花見をしていたもんだから目を付けられて、酔っ払っている僕らも「来る物は拒まず」ということで一緒に飲んだ。思想的にはともかく普通の若者だった。いや僕の方が若輩やったんやけどなw そして去り際に彼が言い残した言葉は「ここは無機質なところかと思ったけれどもこんな連中がいるんなら安心や」。褒められてんのかどうかよく分からないけどまあ悪い気はしなかった。
しばらくして引越した。私鉄の駅を降りて不動産屋を回っていたが僕の予算ではなかなか思うようなところが見つからない。陽も西に傾いた頃、「じゃあ最後にとっておきの」と紹介されたところは一軒のすし屋だった。いやすし屋に住み込みなんて…。「そうじゃない。そこの上だ。すし屋もウチが貸してるんだ」。その昔は川が流れていたんじゃないかと思わせるような通りに面したその部屋にはカーテンではなくブラインドがつけられていた。そのブラインドのフィンを回した時、鮮やかな西陽が差し込んできた。窓の外には裸の桜並木。「桜」がつく隣駅から続く長い桜並木。即決。朝日が当たらなくてもいい。通りに面しているから洗濯物も布団も干せない。構わない。
諸般の事情で2ヶ月ほど遅れて本格的に入居した時には桜のシーズンがやってきていた。夜行性動物の僕は西陽に起こされ日が暮れると動きはじめた。終電車が過ぎ、それほど大きくない前の通りも通行量が減った。部屋の灯りを消し僕は坂本龍一を聴く。部屋から花見ができそうだなあ。そんな思いつきでブラインドを上げてみた。それほど多くない街灯に軽くライトアップされた桜がよく見える。足が煤だらけになるのも構わず小さなベランダに出た。ひんやりと冷たい空気が心地よかった。
その後、何度か転居を繰り返したが、桜とは縁遠くなる一方で、今住んでいるところから見えるのは中学校の校庭にある桜が数本、広場に申し訳程度に植えられている小さな木が数本。さみしい。すさんだここ数年の生活で心から桜も影を潜めつつある。ただ免許証をみるたびに旧番地で記載された本籍に自分の根源を思い新たにされる。
ヒサンな桜の思い出もあるが、まあこれは書かない方がいいだろうw