谷崎潤一郎「吉野葛・盲目物語」

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

谷崎の本は、読んでいて楽しい。
よく「官能的」であるとかエロとか言われるが、それはそういう読み方もあるかもしれんけど、「吉野葛」なんかはそんな要素はない。
あるものは、古来からの日本に対する著述の美しさや、男社会での女性の悲喜こもごも。ただし、それは悲しいだけではなく喜びもあることに気をつけたい。
例えば、「盲目物語」の主人公であるお市の方であるが、梗概だけ追っていけば悲惨な一生かもしれない。しかし、二度にわたる落城というその前には幸福な時間があり、語りべはその頃を懐かしんでいるのである。悲しいことばかり続けば、それらは大して悲しくはない。楽しかった頃があるからこそ、一層、悲しさが増すのである。
そんなことなら楽しい時間なんてなくてもいい、と言えるのなら言ってみてごらん。無理よ。たとえ悲しみが後に待っていても、人間というのは楽しさを追求するものなのである。そういった起伏があって、乗り越えて、人間って豊かになっていくんではないかね?