谷崎潤一郎「蓼喰う虫」

蓼喰う虫 (新潮文庫)

蓼喰う虫 (新潮文庫)

色に対する感覚がすごい。
白が基調になるが、そこへ衣裳の青やら赤やらが。あるいは、重箱の蒔絵の金やら漆の赤が。また、人形のひときわ白い色が。これらのコントラストが鮮やかに場面場面で用いられている。色に関する単語だけを抽出しても一体、何枚用紙が必要だろうか。
また、登場人物の独白にまかせて、谷崎流の浄瑠璃観が披露されているのも興味深い。「その十一」。浄瑠璃発祥から始まり、首職人、見物のあり方といった芝居をとりまく状況を語り、人形遣いの型や扮装まで手を広げる。実に文庫で15ページ。他の場面に比べてもかなりの紙数をさいて持論を展開しているところに、並々ならぬ意欲を感じる。
といった主題とは関係ないところで感心してしまったわけだが、小説が始まるといきなりもう離婚という話になっている。そして最後まで離婚しない(決意はするが)という、ストーリーでみたらほとんど展開しない話で、現代のひたすら筋だけが進んでいく小説しか読みなれていないとしんどいかもしれないが、ワシはこの展開は嫌いではない。むしろ好きな部類で、引き込まれるように読み進めていける。
さて、一つのテーマになっている夫婦のあり方。最近ではちょっとでも性格が合わないとか趣味が違うとか些細なことですぐに離婚だってなるが、元々他人同士がピッタリ同じ性格同じ趣味同じ価値観なんてあるわけない。それをお互い妥協し、協力してアウフヘーベンしていくところに面白さがあるんではないか。苦労もしないで楽しい家庭生活が送れるなんでママゴトじみた甘えをぬかしよってと、勝手に独り者がこっそり思うわけである。苦労したくなきゃ、結婚なんかしなきゃええんよ。と、独り者が堂々と主張するわけである。「へえへえ」「よろしうおす」と人形のように操られるまま生きているようにみえたお久が、最後に毒を吐くように、誰しも我慢しているわけよ。