レヴィ=ストロース「悲しき熱帯2」

ようやく読み終わる。2巻に取り掛かったのが年末で、ちょうど1ヶ月もかかったことになるが、それには理由がある。
最大の理由は、やっぱり民族学には興味を持てないということ。話の内容は面白いが、2つも3つも未開人の話題が続くと飽きてしまう。読んでいて苦痛を覚えることもあった。
今一つの理由は、話題が唐突にすぎること。特に後半の2篇はいきなりすぎて、章が変わってしばらくは「?」が続いて、ようやく、そこまでは単なる導入部分であり、本論はこの2篇なのだということを悟る。それほど前半の38章と後半の2章は別の本に思える。全体として言いたいことは分かる。しかし、後半の2章にはほとんど南米大陸のことは触れられていない。ただ第38章の最後の一文で「一つの時代を参照しながら。」とあり、そこでインドの話題へ飛びますよと暗示されていることを除けばつながりがみえにくい。いや、南米の話はなくても最後の2章で構成できるのではないかと思う。つまり前半はいらないということだ。「いらない」というにはあまりによく描写されているので惜しい。それに後半の2章だけでは説得力に欠ける。だから合わせて読んでくれということか。ここらへんがドイツ人とフランス人の違いなんやろうなと思う。ドイツの哲学書ならこれでもかというぐらい同じことを何度も繰り返して論旨を展開させるが、フランス人のストロースはあまりに叙情的すぎたかもしれない。だが、それにしても物語というにはストーリーの起伏に欠けて、書き手の自己世界で恍惚としすぎている感がある。どっちつかずな感じで、読み進めるのがしんどかったわけである。もうしばらく民族学はええわ。