森鷗外訳「即興詩人」

アンデルセンの原作を鷗外が擬古文で意訳した一品。その文体はやはり美しい。が、内容がねえ…。
主人公のアントニオには、この根性なしが!と喝を入れたくなる。
オペラ歌手のアヌンチヤタを巡って友人のベルナルドオを誤射してしまった時。アヌンチヤタがベルナルドオばかりを気にかけるのを見て「ヽ(`Д´)ノモウコネエヨ!!」みたいな状況で敵前逃亡してしまった。(もっともこれは逮捕されるのを逃れたというのもあるが)。
その割にはいつまでたってもアヌンチヤタ、アヌンチヤタと未練がましい。
それでいながら、落ちぶれてしまったアヌンチヤタに偶然ヴェニスで再会した時。アヌンチヤタに「あなたにはふさわしくないからもう会わない」という類のことを言われてあっさり引き下がってくる。
お前は一体どうしたいんだとツッコミを入れたくなる。
そりゃあ振られて当然でしょう。
我々、草を食む人種としては、そんなめんどくさいことするんなら最初っから関わるなよって言いたい。関わるんなら中途半端で帰ってくんなよって。
挙句、かつて遭難したところを助けてくれたメクラ女の目が開いて。「実はあの時の私は…」「そりゃ偶然だね!」みたいな流れで無理やりハッピーエンドですか。そんな都合よく行く先々で女がみんな惚れてまうとか、どこの「BOYS BE」よ。
そこも含めて偶然が続きすぎて。いくら小説だとはいえ、現実逃避しに旅へ出たら旅先でベルナルドオやアヌンチヤタと遭遇する。それも一度ではなく、ローマを離れた二度ともだ。一度目は、実は二人がアントニオを追ってきたのだというのが後から分かるが、二度目は完全に偶然だ。あまりに臭すぎる。
鷗外はこんな陳腐な小説をよく訳そうと思ったものだと半ば呆れながら解説を読んでいたら、時期的には「舞姫」からの三部作を書いた頃に読んでいたという。妙に納得してしまった。

森鴎外全集〈10〉即興詩人 (ちくま文庫)

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